kato-Special Features
第二章【特別企画】
名門「東芝府中工場」の製造技術と継承
取材協力:東芝
EF58、EF63、EH500など数々の名機関車を輩出した名門「東芝府中工場(現:東芝府中事業所)」。
日本の鉄道において機関車が担う領域が限られていくなか、「E500」が果たした役割は、台湾の鉄道の新時代だけでなく100年にわたる機関車製造技術の継承でもありました。
本章では東芝府中工場の皆さまへの取材をもとに、このプロジェクトに懸けられた想いとものづくりへの情熱をご紹介します。
Ⅰ.東芝府中工場(現:東芝府中事業所)とは
100年を越える機関車製造技術の歴史

EF58 60〈お召予備機〉

EF58 60号機は、お召列車専用機関車として指定を受け、1953年(昭和28年)に誕生しました。1983年(昭和58年)の引退まで、車体は「ため色」と呼ばれる深紅色に塗装され、ステンレス製の飾り帯、無塗装・磨き出しの下回りとされ、美しい外観を誇っていました。
1923

1923年(大正12年)、芝浦製作所(後の東芝)と石川島造船所によって、民間企業としては国産初の電気機関車「デキ1形電気機関車(ED31形)」が製造されました。
この1両が、以降100年以上にわたって続く東芝の機関車製造の歴史のはじまりです。デキ1形は現在も東芝府中工場で保存されています。

1940
東京都府中市に「東芝府中工場」が竣工。この府中工場は、戦前から戦後、高度経済成長期に至るまで約80年以上稼働を続けています。
数々の名車と呼ばれる国内向け機関車を多数送り出しているほか、海外向けの機関車たちなどを生み出してきた、まさに東芝の機関車製造の歴史と共に歩んできた工場です。
Tips.数々の名車を見届けてきた工場内の証人たち
竣工以来、約80年以上にも渡り使われ続けている東芝府中工場。一部の設備は竣工当初からの姿を留めており、「数々の名車の誕生を見届けてきた生き証人たち」がいたるところに見られます。

無骨さとレトロさを感じる天井
機関車製造建屋の天井は何本もの鉄骨を組み合わせた昔ながらの構造です。この鉄骨の多くは竣工当初からそのまま使われ続けており、数々の車両たちが作られる姿を見守ってきました。

木レンガ造りの床
床をよく見てみると木レンガ造りであることがわかります。これも竣工当初から変わらず使われ続けているもので、この工場の歴史を感じることのできる部分でもあります。

金属製の「馬」
この水色の道具は、機関車製造の現場で古くから使われ続けてきたもので、「馬」と呼ばれてい ます。時代や製造する車両が変わっても、その使い勝手と実用性は変わることなく、機関車づくりの現場で受け継がれてきた道具です。最新鋭のE500の製造現場においても、屋根まわりの部品を支えるなど、今も現役で活躍しています。
府中工場の歴史-E500の兄弟機たち
1950
EF15
EH10
1960
2000
EF63

日本の鉄道史において最も急な勾配が連なる難所として知られる「碓氷峠」。この碓氷峠を通過する列車の補助機関車として誕生したのがEF63です。客車・電車・機関車など多様な車両と協調運転を行うための特殊な装備を備え、登坂だけでなく下り坂では強力なブレーキで列車の安全を支えました。
EH500〈金太郎〉

国鉄時代のEH10以来、約40年ぶりに生産されたEH級で、貨物輸送に対応したハイパワーな機関車として誕生したのが EH500「金太郎」 です。82両の全機が東芝製であり、同社が製造した同一形式としても最大量数を誇ります。2両分の機関車を一体化したような「2車体連結構造」により、高出力と安定した走行性能を実現しました。
EH200
EH800



EF65
ED79

1980


ED76
1970
機関車製造の難しさ

2000年代に入ると、国内における機関車の役割は、旅客輸送から貨物輸送を中心としたものへと移行しました。それに伴い、鉄道会社による機関車投入のあり方も、国鉄時代のような多量・短期生産から、比較的長期にわたる少量生産へと変化していきます。こうした動きの中で、新造機関車が投入される間隔も次第に長くなっていきました。
また、鉄道車両は製品寿命が長く、完全な新規設計による車両を生み出す機会はもともと多くありません。加えて、設計から落成に至るまでには数年を要するため、限られた機会の中でいかに技術を次世代へと継承していくかは、車両製造メーカーにとって重要なテーマとなっています。
数々の名車を世に送り出してきた東芝においても、この課題は例外ではありませんでした。
台湾向け新型機関車の公示

そして2019年9月、技術者たちの思いは「正式な受注決定」という形で実を結びます。台鉄にとって新型電気機関車の投入は1992年以来のことであり、日本製の完成電気機関車の調達は今回が初めてとなります。
決定を受け、「E500」の本格的な設計・製造がスタートします。また、68両という近年稀に見る規模の大量生産に向け、府中工場では製造レーンの拡充をはじめとする設備増強が進められました。
現在も機関車製造建屋では5両同時に製造が行われており、最盛期を思わせる活気に満ちています

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E500の製造にあたっては、日本国内向けの機関車とは異なり、「台湾向け機関車」ならではの性能や水準を求められたものもありました。
その代表例が、耐水性能です。雨季が多い台湾では、日本以上に厳しい耐水性能が求められました。このため、府中工場内にはE500専用の耐水試験のための設備も新たに設けられています。この耐水試験では、10分で約50tもの水をあらゆる方向から噴射させ、水の侵入がないかを細部にわたって確認します。
2018
68両の大量受注
2019
100年の節目に誕生した「E500」

東芝が国産初の電気機関車を世に送り出してから100年を迎えた2023年-
数々の困難を乗り越え、台湾向けの電気機関車「E500」の第一号機が遂に誕生しました。それは、技術者たちが積み重ねてきた努力によって、機関車製造の技術がまた次の世代へと確かに受け継がれた瞬間でもありました。
100年の歴史を背景に次世代への扉を開いたE500は、東芝の技術革新と未来志向を象徴する機関車です。
2023
E500
2018年、台湾にて新型機関車の入札が公示されました。前回の完全新規機関車製造から、海外向けでは約9年、国内向けでは約3年が経過していた時期であり、本プロジェクトは、技術者たちの知見を次の世代へと展開するうえで、大いに役立つ機会となるものでした。あわせて、開発が進められていた次世代の標準機関車を、初めて本格的に市場へ送り出す節目として も位置づけられていました。
東芝社内では「何としても受注を勝ち取り、機関車を完成させたい」という強い決意のもと、入札準備が進められました。
欧州の有力メーカーも競合となるなか、技術面・提案内容の検討は入札直前まで続きました。
提供元:株式会社 東芝
提供元:株式会社 東芝
Ⅱ.E500がつないだ製造技術
Tips.東芝さんにインタビュー!
Q.E500の注目してほしいポイントはどこですか?

東芝は機関車の機器メーカでもあり車両メーカーでもあるため、両方の技術があります。さらに設計と製造が同じ拠点にある点、車両と機器の設計グループが同じフロアで業務を行っている点などは、仕様決めや柔軟な設計が実現できるなど、他社には無い利点と考えております。
2023年、E500で採用したモジュラー設計が評価され、日本でグッドデザイン賞を受賞しました。先頭部や運転室部、側面の車体構体などの継ぎ目はデザインで目立たない様にしていますが、良く見ると分かれています。是非そんなモジュール分割部も含めE500をたくさん見てくだされば幸いです。
Q.技術的に一番苦戦したのはどの部分でしたか?
特に大変だった点の一つは、客車へ三相電源を安定して供給する仕組みをつくることでした。客車側で必要となる電力が大きいため、機関車側でどのように三相電源をつくり、確実に届けるかという点で多くの工夫が求められました。ED75 で主変圧器の五次巻線から単相交流の暖房電源を客車に送っていた歴史があります。PP客車も当初は同じ方式で、客車に搭載されたインバータで三相に変換していました。
しかし今回は、それを一歩進めて、機関車側で三相電源をつくり、直接客車に供給する方式に切り替えました。ある意味では、EF58 の時代以来となる “機関車で電源を作って客車に送る” 方式を現代的に復活させたとも言えます。
また、貨物と旅客の両方に対応する必要があったことも大きなチャレンジでした。客車側だけを見ても、新莒光と PP 自強ではジャンパ構造が異なるため、どちらにも対応できる制御ジャンパを機関車に搭載しなければなりません。さらに、PP客車を連結した際には、機関車の設定が自動的に切り替わる仕組みも組み込む必要がありました。
こうした “大きな電力を安全に送る技術”、そして “多様な車両との互換性を確実に担保する設計” の両面をクリアすることが、今回のプロジェクトにおける大きなポイントでした。
Q.過去に製造されてきた機関車の技術でE500に応用された部分などはありますか?
インバータ、モータ、モニタなどの電気品に関してはこれまで台湾に長年納めてきた実績が評価され、その技術が採用された装置が搭載されています。過去の機関車だけでなく、EMU800・TEMU2000などの車両の技術がE500にも生きています。
最先端の機関車であったとしても、基本的な設計基準は、過去数十年間に蓄積された東芝機関車の図面・設計基準文書がベースとなっているものです。70~90年代に起草された手書きの図面・設計基準も多く、それらを起草した当時の設計担当の先輩方のほとんどは退職されていますが、技術としては設計資産として脈々と受け継がれています。こういった技術的なベースがあってこそ、新型のE500が設計・製造できたと言えます。
機関車は新設計のサイクルが非常に長く、技術の継承がかなり難しい製品ですが、過去の先輩技術者が後輩のために残してくれた数多くの設計資産をE500として結実させ、世に生み出せたことは、今の鉄道部門にいるメンバーの誇りと考えます。これがまた一つのステップとなり、さらにこの先の東芝鉄道事業の継承につながっていってくれると信じています。
Ⅲ.海を越えて―台湾でのデビュー
日本の機関車に牽引されての旅立ち
2023年8月、いよいよE500の第1号機が東芝府中事業所から出荷されるときがやってきました。
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提供元:株式会社 東芝
府中工場で完成したE500は、日本の機関車に牽引されて川崎港まで運ばれます。台湾の電気機関車が日本の在来線を走行する光景は、日本と台湾の双方で世界的にも珍しい狭軌(線路幅が1067mm)が採用されているからこそ実現したものです。現在でも月に2両のペースで製造がされており、月に1回はこうした輸送シーンを見ることができます。
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画像:細埜 友基
クレーンで船へ積まれ台湾へ
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提供元:株式会社 東芝
港へ到着した機関車は船に乗せられ、海を渡って台湾へと運ばれていきます。約96tもの機関車の船への積み下ろしはクレーンで持ち上げがおこなわれるため、日本の地を離れる瞬間は製造に携わった方々が一番緊張する瞬間でもあります。
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提供元:株式会社 東芝
2023年9月17日、台湾の花蓮港にE500の1号機が到着しました。約30年振りの電気機関車の誕生を祝うため、潮州車両基地ではお披露目会も実施され、1号機は全身を白地に赤い文字で「TOSHIBA」のロゴが描かれた目隠しを付けられた状態で花蓮から潮州まで運ばれました。
台湾の鉄道史に刻まれた新たな1ページ
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潮州車両基地でのお披露目会の後、E500は台湾各地での試験走行や各種機器類の最終調整が重ねられました。
台湾の鉄路を踏んでからちょうど1年後の2024年9月18日-
E500は無事に初の営業運転を迎えました。
そして、9月30日にはE500のデビュー記念セレモニーが開催され、多くの人に見守られながら「PP自強號」として七堵駅を出発しました。100年の歴史を背負った東芝製の電気機関車は、台湾の鉄道史に新たな1ページを刻みました。
画像:台鐡公司
参考文献:
・イカロス出版『電気機関車EX(エクスプローラ) Vol.13』
特集:東芝の電気機関車たち1
・イカロス出版『電気機関車EX(エクスプローラ) Vol.14』
特集:東芝の電気機関車たち2
・東芝HP WORKS(事例紹介) 台湾鉄路電気機関車 E500
https://www.global.toshiba/jp/design/corporate/works/16.html
・東芝HP ニュースリリース 台湾鉄路管理局向け電気機関車68両の受注について
https://www.global.toshiba/jp/news/infrastructure/2019/10/news-20191017-01.html
・東芝レビューVol.79 No.5
一般論文「様々な列車編成に対応可能な台湾向け客貨両用E500型電気機関車」
・グッドデザイン賞 2023グッドフォーカス賞[新ビジネスデザイン]
交通部臺灣鐵路管理局 電気機関車 E500
https://www.g-mark.org/gallery/winners/18004
・東京新聞「台湾へGO! 東芝機関車 府中工場が大量受注で活気」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/304302
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