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Photo: Joshua Lee

台湾の鉄道と日本の関わり

歴史

​歴史

台湾で鉄道建築が始められたのは、清朝時代のこと(日本の明治時代)。1891年には北部の港町基隆~台北間、1893年には台北~新竹間が開通しました。

 

日本が台湾と深く関わることになったのは1894~1895年の日清戦争以後のことです。この戦争に勝利した日本は下関条約に基づいて台湾を統治することになります。日本は、台湾の発展のためには鉄道整備が欠かせないと考え、本格的な鉄道敷設の調査・準備を開始します。特に南北の主要都市を結ぶ縦貫ルートは最重要とされ、1908年4月には北部と南部の2大港湾都市を結ぶ縦貫線の基隆~高雄間の404.2km全線が開通しました。台湾は全体的に山がちで起伏に富んでおり、西部と東部の海岸沿いに人口が密集しています。とりわけ、険しい山や峡谷が続く東部海岸エリアの台東線は当初、軽便鉄道の規格で線路が敷設されました。


その他にも、木造建築の資材となるヒノキやクスノキ、砂糖の原料となるサトウキビ、鉱山資源など台湾の豊富な自然資産を運搬するための様々な森林鉄道、軽便鉄道、専用線が次々と敷設されました。世界三大森林鉄道としても知られる「阿里山森林鉄路」もその一つです。


また統治時代には、日本国有鉄道の前身である鉄道省により、様々な機関車が台湾へ投入されました(現地の管理は台湾総督府鉄道)。代表的なのものとして、D51形蒸気機関車の同形機DT650形蒸気機関車や、「貴婦人」の愛称で知られるC57形蒸気機関車と同形のCT273があります。これらの蒸気機関車は大切に保存され、今日でも復活蒸機として動態保存でその元気な姿を見ることができ、現地でも大変人気があります。

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Photo: 詹誌陽

💡KATOの新工場にも、台湾の機関車?!

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KATOの新工場(SEKISUI WORKS)に併設されているKATO Railway Park・関水本線には様々な保存車両がいますが、そのうちの1両「コッペル532号」は1928年に台湾で砂糖を運ぶために製造されたドイツコッペル社製のタンク機関車です。

 

50年近く現役で働いた後、1973年に西武鉄道が譲渡を受け、山口線で活躍をつづけました。。1993年に丸瀬布町(現遠軽町)に移設され、丸瀬布森林公園いこいの森で静態保存されていましたが、2024年に関水本線の仲間としてKATOへやってきました。

第二次世界大戦終戦後、台湾は中華民国国民政府の統治下に入り、鉄道事業は軍民両用で整備が進められます。その後、縦貫線の電化や北廻線の開通、台東線の改軌、南廻線の開通を経て、1991年にようやく「環島鉄路」(台湾一周鉄道)の完成に至ります。

時を経た2007年には台北~左営(高雄市)間に台湾高速鉄道(台湾新幹線)が開通。台湾の南北約345kmを最高速度300km/h、所要時間約1時間30分で結んで、湾西部の大動脈として利用されています。台湾新幹線は日本の新幹線の車両技術、システムを海外へ輸出した初めての事例ともなりました。車両は東海道・山陽新幹線の700系の改良形の700Tです。2025年には、700Tの後継車両としてJR東海の最新形車両N700SをベースとしたN700STが12編成導入されることが決定されました。

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このように、日本と台湾の鉄道は、歴史的にも現在においても強い結びつきを持っており、現在では多くの日本の鉄道会社各社が姉妹鉄道提携なども盛んに行われています。

基本

台湾の鉄道の基本

国営台湾鉄路株式会社(Taiwan Railway Corporation,Ltd.:略称台鉄) の列車種別には、3種類あります。
①自強號(じきょうごう):日本の特急列車に相当。全車指定席。
②莒光號(きょこうごう):日本の急行列車に相当。全車指定席。
③区間車(くかんしゃ):日本の普通・快速列車に相当。


日本でも有名な「普悠瑪(プユマ)号」、「太魯閣(タロコ)号」は、特急=自強號の列車愛称にあたります。自強號の車両には様々な種類があり、EMU3000は現在、「新自強號」という呼称で見分けることができます。今後は観光列車(環島ノ星)を含む莒光號などの列車も置き換えられる予定です。

💡鉄道旅には温かい駅弁が欠かせない

台湾の鉄道旅は駅弁も醍醐味です。駅弁文化も日本統治時代に日本からもたらされたもので、台湾では「台鉄弁当」と呼ばれています。戦後すぐの1949年から、台湾鉄路管理局主導で松山駅・台北駅・台中駅・高雄駅・花蓮駅など5つの駅構内食堂の従業員による弁当の車内販売が開始されました。現在は民間会社の参入もありますが、弁当の製造・販売は今でも台鉄の重要な事業の一つとなっています。代表的な弁当は、排骨(骨付き豚のスペアリブ)弁当で、ご当地によって副菜がいろいろあります。日本との大きな違いは、必ず温かい状態で販売されていることです。

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Photo: Joshua Lee

EMU3000

登場の背景

​登場の背景

―ここからは、EMU3000登場の背景や、車両の魅力についてご紹介していきます。
EMU3000は、2021年12月にデビューした台湾の都市間特急用新形車両で、日本の車両メーカーである日立製作所によって製造されました。2015年、台鉄は「全体調達および車両交換の計画(2015~2024年)」(別名「十年車両購入計画」)を策定し、大規模な車両の置換計画の発表と入札を開始しました。2019年に初回から参加していた日立製作所の選出が決定され、12両編成のEMU3000を2024年までに50編成・計600両の導入が決定しました。台鉄史上最大の両数であり、同鉄道のフラッグシップ車両として台湾各地での活躍が開始されています。これほどまで大規模に新形車両が投入されたのには、大きく分けて「東部エリアの輸送力増強」「老朽化」「環島電化」という3つの背景がありました。

東部幹線への輸送力増強

2007年の台湾新幹線の開業や高速道路延伸により、西部幹線の自強號利用の減少、余剰車両が生まれることが見込まれていました。また2005年には台北と花連を結ぶ宜蘭線・北廻線が複線電化・高速化。これにより西部幹線で活躍していた電気機関車牽引の自強号や、振り子式電車TEMU1000(愛称:太魯閣号)や車体傾斜式電車自強号TEMU2000型(普悠瑪号)が続々投入され、東部幹線の利用客は増加の一途を辿りますが、所要時間と車内の快適性から乗客は太魯閣号・普悠瑪号に集中してしまいます。しかし8両編成と短く、さらに振り子式/車体傾斜式車両であることから立席をなくして全席指定制であったため、増えていく需要にもかかわらず指定券を入手できない「一票難求」という状況も発生。輸送力の更なる増強がに迫られました。

老朽化

台湾各地では旧形車両(自強號電車、莒光號・復興號客車)などが新製から30年・50年といった耐用年数が近づいたことから、老朽化による故障が頻発していました。自強號の主力車両であったイタリア製電車EMU300は製造メーカーの破綻により部品確保が出来なくなったこともあり、2021年には全車両が運用離脱。同様に南アフリカ製電車EMU1200も故障が頻発しており、旧形自強號の置換えが急がれていました。

環島電化計画

先にご紹介した通り、1991年の南廻線の全線開業により台湾をぐるりと一周の鉄道でつなぐ「環島鉄路」は完成しましたが、次なる目標はこれらの区間の全線電化でした。台湾の鉄道の電化は、1979年の台湾縦貫鉄道の電化を皮切りとして 、
1998年 高雄~屏東間
2000年 宜蘭線
2003年 北廻線
2014年 花東線
2015年 屏東~潮州間
2019年 潮州~枋寮間
と、長い年月をかけて進められ、2020年12月に台湾南部の枋寮~知本86.6kmが開業したことで、「環島電化」が完成しました。これにより、依然として残存していた自強號気動車も、電車の大幅増備により置き換えていく必要が生まれました。

 こうした、「需要が増す東部地域の輸送力増強」「老朽化した旧形車両からの置き換え」「環島鉄路の全面電化にともなう気動車から電車への置換え」といった複合的な背景から、50編成600両という台鉄史上最大規模の新形車両EMU3000が導入されることになったのです。

 

EMU3000のデザイン

DESIGN

このような大規模プロジェクトは、従来の車両とは異なる革新的なデザインがもたらされました。続いては、EMU3000のデザインについてご紹介していきます。

「台鉄美学復興 FUTURE RENAISSANCE」

2019年から、台鉄は「台鉄に美学復興 Future Renaissance」と銘打って、従来の国営鉄道のイメージを刷新すべく、車両や駅構内のデザインをリフレッシュ、外部デザイナーと連携した新たなコンセプト車両などの開発を進めてきました。
EMU3000はその第3弾にあたり、台鉄や日立製作所のデザインチームに加え、地元のデザイナー(美学専門集団)も参加し、台湾の歴史や文化、市民の価値観などを踏まえながら、新しい社会インフラとしてのあり方を模索するプロジェクトとして「三者協創」でデザインの検討が重ねられました。台湾の文化やこれからの台湾がどうなりたいのか、日本と台湾の違いといった様々な議論の中、メンバーが多用していた「Subtle(微かな、敏感で緻密な、さりげない)」という言葉から導き出されたコンセプトが「サイレント・フロー Silent Flow」です。台湾の中にある抑制され、余白のあるデザインをこの新形車両にも盛り込み、「静かな疾走感」がシンプルでモダンなデザインにより表現されています。
また、EMU3000の車両デザインのベースには、Class800などに代表される日立製作所が英国鉄道で培ってきたデザインの知見も存分に継承されています。英国鉄道のClass800は、まるで一筆書きのようなラインで美しい滑らかなラインと曲線からなる「4 Curves & 1 Straight Line」のコンセプトのもと、スピード感のある流麗なフォルムと欧州ならではの厳しい安全規格や空力性能などの両立を実現させました。EMU3000では台鉄からの要望である「スピード感のある雰囲気」として流線形の前頭部と、日本の車両にも見られる四角い後部車両へとスムースに繋がるラインが模索されました。
エクステリアのカラーリングは、台湾の各都市を巡る、海や山など変化に富んだ風景の中でも溶け込むよう、白と黒がメインカラーに据えられています。サイドにのみ有彩色をアクセントカラーとして使用しており、4種類ある色にはそれぞれ
情熱:紅 
知性:青 
静寂:緑 
豊穣:黄
の意味が込められており、4色を織り交ぜた観光用の「特別仕様車」(4編成を予定)も登場する予定です。このシンプルで機能的なデザインは、2021年に日本でグッドデザイン賞を、2022年にはドイツのiFデザイン賞(インダストリー・フォーラム・デザイン)を受賞するなど、高い評価を得ています。

台鉄初の、優等車両「騰雲座艙」

EMU3000(新自強號)には、台鉄初(※)となる商務車(ビジネスクラス/日本のグリーン車に相当)が6号車に設けられています。商務車は、台湾初の蒸気機関車騰雲号にちなんで、騰雲座艙(とううんざそう)と名付けられました。数量限定のお弁当、パイナップルケーキ、若者に人気のコーヒーや高級アイスクリームなどが提供されます。
※1990年代に試験導入された時期を除く

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参考文献

結解喜幸(2017)『台湾と日本を結ぶ鉄道史―日台鉄道交流の100年』交通新聞社新書.

鐡道情報 34巻(2022年7~8月号)特集EMU3000型電聯車 

Merkmal なんと総勢600両 台湾鉄路の新型特急「EMU3000型」大量導入、その背景にあった深刻すぎる現地問題とは(若杉優貴, 2023年)

https://merkmal-biz.jp/post/42024

東洋経済ONLINE 台湾鉄道の信頼回復担う「日立製新型特急」の実力(小井関 遼太郎, 2022年)

https://toyokeizai.net/articles/-/503429

HITACHI対話が導く新しい鉄道のかたちー台湾TRA「EMU3000」の車両デザイン

https://www.hitachi.co.jp/rd/research/design/product/taiwan_tra/index.html

RADIO TAIWAN INTL台湾一周鉄道の電化が完成、残されていた南廻線の123.4キロメートルも電化

https://jp.rti.org.tw/news/view/id/93163

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